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眠れないので書く

研究者見習い

眠れない夜更けに

親しい人にとって自分が交換可能な存在であるかもしれないと思うのは非常につらい。
しかしそれは常に、一面的には真実だ。どんなに仲が良くても、そのときにはかけがえがないと思っても、ふとしたことで疎遠になり、結局他人になってしまうことはいくらでもある。というかそういうことばかりな気がする。

今大切な人達に対して、そうならないことを願い、努力することが何より大事なのは言うまでもないが、その現実を突きつけられたときに壊れないように日々鍛練することも重要だなぁとふと思う。誰かにとって価値のある人間であることを生き甲斐にするのは危うい。一人で楽しく打ち込めることを自力で探し出さねばと思う。結局人は独りぼっちから逃れられない。

タイトルはスピッツの「幻のドラゴン」より。
水を一杯飲んで飛び出したい気分ではあるが、外は凍えるほど寒いし明日も朝から手術見学である。
駄文を書き連ねたところでいい加減寝よう。

足りないもの自問して

二つ以上のことに没頭できたら、それは没頭とは言わないのだろうか。

日が昇る前に起きて、お弁当作って家を出て、カンファに出て時に爆睡し、カルテを書き勉強しオペを見学し、日が沈むころ研究室に向かい、実験をし解析をし帰宅しお弁当箱を洗って寝る。

得るものは日々あるし、周りの人たちにも恵まれて楽しい毎日ではある。しかしやはりどう考えても、全てが中途半端である。

考えることをあきらめないことが肝心だ…

 

久々に無駄な夜更かしをしているのでスピッツ関連で何か書こうと思ったのだが、忘れてしまった。とりあえず30周年記念ツアーには何としてでも行きたい。

10月くらいによく聴いていた「あかさたな」を最近またリピートしている。「ずっとそばにいるから ベイビー」というスピッツらしからぬ?歌詞が妙に印象に残る。いつかアルバムに入れてくれないかなぁ。

タイトルはスピッツの「ブチ」より。好きすぎてまたタイトルに採用してしまった。

好きだよすごく~♪

 

 

悲しい話は消えないけれど

結局、何もかもフェイクに過ぎない。君も、君との関係も。しかしそれでもいいから今この瞬間は君のそばにいたい。…というのがスピッツ「フェイクファー」の境地であると私は思っている。

一方「運命の人」は対照的だ。「君は運命の人だから」と言い切り、そして「このまま…君となら…」と口ずさむ。不思議だなぁと思っていた。

しかし最近になって、この謎の前向きさには悲しいほどの切実さが秘められているのではないかと思い始めた。フェイクであるということを身にしみるほど理解していても、それでもなお君が運命の人だと思いたい、思わずにはいられない…。

そう考えると、バスの中で人生の意味(フェイク)を悟った主人公(?)が「でもさ」といって君の手を強く握るというのは何とも感動的に思える。単にこの曲は人生の楽しい側面を抜き出してきたのではなく、どうしようもない悲しみが存在することを踏まえた上でそれでも明るく生きようとする気概を語っているのではないかという気がするのだ。タイトルにした「悲しい話は消えないけれど」というフレーズに妙に説得力がある。

 

ということをぼんやり考えている内に11月も終わりに近づいてきてしまった。某試験まで一ヶ月切ってしまったので、実験を進めつつも試験勉強に本腰を入れていかねば。

頑張ろう…。

 

 

から回る頑張りで許されてた

やれやれこんな時間である。この数ヶ月で唯一評価できることと言えば実験の手を休めなかったことだと思うのだが、それが裏目に出つつある今日この頃となっている。すなわち、忙しい中ガリガリ実験する→解析が追いつかない、結果の吟味・解釈が十分にできない→実験計画がいまいちになって無駄が増える→もっと忙しくなる→疲れる・眠い→ミスも増えてますます実験がうまくいかなくなる、という状態が生まれてしまっているのだ。これに年末の某試験への漠然とした不安が重なって、やたらと焦燥感に襲われている。

 

落ち着かねば。

 

まずは解析をちゃんと終わらせる!

そしてQBをこなす!

優先順位を明確にして明日も(今日だけど)頑張ろう。

全然関係ないのだが、スピッツの「運命の人」がアルバム「フェイクファー」に入っている意味について最近ちょっと考えていて、まとまったらここに書こうと思ったのだが、あまりにも眠すぎて諦めた。要は「運命の人」は最高だってことである(雑)

タイトルはスピッツの「ありふれた人生」より。現実はこわい…しかし頑張らなければどうにもならない…。から回ってもいいから必死に粘り強く耐えるべし。

僕が君に出会ったのは冬も終わりのことだった

気がつくと10月も終わりに近づき、冬のような寒さになった。

移ろいやすい季節同様、人生も何が起きるか分かったものではない。しかし、どんなに忙しくても、どんなに錯乱していても、どんなにいっぱいいっぱいでも、考えることを諦めないようにしよう、と思う。

タイトルはスピッツの「ヒバリのこころ」より。強く生きていこう…。

切なくて楽しい時を

先日のLIVEの余韻に浸り続けている。あの刹那的な高揚感が忘れられない。終わってしまった今の寂寥感も含めてLIVEの醍醐味なのかもしれない。

現実の方はというと、年末の某試験の神経系の範囲が広すぎて絶望している。とりあえず解剖の知識の復習にきちんと立ち返らなければならないということまで分かった。あれだけ必死に覚えたのに、こんなにきれいさっぱり記憶から消えてしまうものなのだな…。すぐに消えちゃう君が好き…(?)

タイトルはスピッツ「醒めない」より。最高の時間を過ごせたことを改めて多方面に感謝である。

雨上がりの匂い想う

眠れないという時間ではないが、抄読会も試験も終わり一息ついたところで何となく書いている。

色々追われに追われているときは、「暇になった暁には電車で一人ふらっと海でも見に行こう」などといつも妄想するのだが、いざ時間ができると結局ちまちま論文を探したり年末の某試験の勉強をしたり家でごろごろしたりしている。旅に出るのは「今はまだ難しいけど」といったところか。

 

タイトルはスピッツの「海を見に行こう」より。この付近の歌詞があまり聴き取れていなかったのだが、改めて調べたら非常に綺麗な情景描写で気に入った。雨上がりつながりだと、新曲「ハチの針」の「虹よりさらに鮮やかに」のところがとても好き。