眠れないので書く

研究者見習い

削れて減りながら進む あくまでも

「自分へのごほうび」という言葉が昔から嫌いだった。自分で自分のことを褒めるなんて馬鹿みたいだと、本当に頑張ったなら他者から評価されて然るべきだから、自分で褒める必要なんてないじゃないかと。

残念ながら最近この言葉が微妙に「わかる」ようになってしまった。自分なりに精一杯努力していると思っても、上には上がいる。今の私の頑張りでは努力とも呼べない。さらにこの世界、行った実験の量に相当する成果なんて得られるはずがないのだ。こういう状況ではさすがに誰からも褒められないし、結果を出している人からの労いは皮肉としか受け取れない。

「私は自分なりに頑張ったが、力及ばなかった。それでいいじゃない。もっと努力するしかなかったんだ。」と簡単に割り切れればどんなに良かっただろう。残念ながら割り切れず余りが出てしまった私は、評価されることなく消えようとする自分の「頑張り」を惜しみ、人に八つ当たりし、そして気付いてしまう。「結果が出せなかった人間は結局自分で自分を褒めるしかない」ということに。

しかし、ここで私は、まだまだ自分へのごほうびを用意するには早い、と強がりたい。こんなに大げさに書くほど頑張っているかと言われると疑問だし、まだ時間もわずかに残っている。自分を労うことなく、人から労われることを期待することなく、自分にとって最大限の努力をしていくしかない。(こんな駄文を書いている暇があったら論文一本でも読め、という話である。)人と比べず、淡々と頑張ろう。何だかんだ、私は実験や研究が好きだから。

 

これでもしダメだったら、コンビニで小さなケーキでも買って、スピッツのDVD見つつ泣きながら食べて、結果の伴わなかった実験たち(と予算)の弔いをして、お世話になった人たちに感謝して、「これもやむなし」と思おう。そして次の日から真面目に国試の勉強でもしよう。

 

タイトルはスピッツの「夢追い虫」より。30/50のDVDの素晴らしさに支えられる日々。